フォルダやファイルを多数開いていると、タスクバーがタスクボタンで埋め尽くされてしまいます。個々のタスクボタンが必要以上に長いため、無駄にタスクバー領域を使っている気もします。
「タスクバーとスタートメニューのプロパティ」には「同様のタスクバーボタンをグループ化する」という設定があるものの、個人的には横に並んでいる方が使いやすいと感じます。
そこで、私はタスクボタンの幅を変える手法を使っています。
この手法は、Mycom PC WEB の 【コラム】Windows XPスマートチューニング 第123回 阿久津良和氏 に掲載されています。
私はMinWidthの値を「100」にしています。下のイメージがそれですが、ご覧頂くとお分かりいただけるように、標準のタスクボタン2つの長さに3つのボタンが収まります。値を「0」にすると1文字程度の幅になるようです。標準の幅は「200」とのことです。
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PC環境が変わった時にいつでも設定できるよう覚書としてリンク先を記録しておきます。尚、レジストリをいじるのでくれぐれも慎重に行いますように!
4月24日月曜日の定休日に、八乙女周辺は桜が満開でした。自転車でぶらぶら散歩中にデジカメで撮りました。
白っぽい桜がソメイヨシノだと思います。ピンク色の鮮やかな方は八重桜でしょうか。八重桜はソメイヨシノより遅れて咲くと思っていたのですが?どちらも満開でした。

月初からお二人様がなんと盛岡市からレッスンにお越しになられています。ガソリン代と高速道路代金にけっこうな費用が掛かる(週1回のペースで計8回予定)のですが、地元に最適な講習プログラムがない(Web講習関連)ということ、講習費用が安いから、ということで当教室に決めてくださったのです。
本当にありがたいことです。それだけの費用と時間をかけられるのですから、当然熱心に学習されていますし、事前の予習復習もしっかりされていますので、吸収(理解)も早いですね。
八乙女に引越ししまして早半年が経過しました。紙広告は一切やっていませんので、周辺住民様の教室利用が思いの外ありません。車や地下鉄で通われる方ばかりです。そろそろ紙広告でもやってみようかと考えている今日この頃です。
OPERA 9 Beta がリリースされています。正式なバージョン公開も近いでしょう。楽しみです。
Internet-Watch の記事 「BitTorrentやウィジェットを実装した「Opera 9」のベータ版」
さて、
OPERAの機能でご紹介しておきたいものがあります。それは印刷がすぐれているという点です。どういうことかといいますと、ブラウザでみたままの状態で印刷ができるということです。
Webページの横幅は700ピクセル~760ピクセルで作成されていることが多いものです。
このサイズで作成されたページは、例えばInternetExplorerからA4用紙に印刷をしますと、右側が途中で途切れて印刷されてしまいます。不便に感じたことのある方もいらっしゃるでしょう。ところが、OPERAの場合はA4用紙に丁度収まるように自動的に縮小設定が行われるのです。
専門的な話になってしまいますが、
Webページはスタイルシート(CSS)を外部リンクし、media属性で"print"と指定することで印刷制御できることはよく知られています。
記述例
<link rel="stylesheet" type="text/css" href="css/print.css" media="print">
しかし、この方法は見たままを印刷化するものではなく、印刷用にデザインを変えるものです。
「印刷時はデザインが代わってもいいじゃない」という制作者も多くいますし、それを理解してくださるクライアント様も多いでしょう。印刷コストの低減にもつながります。
しかしそうでないケースも少なくありません。
そのような時はOPERAを使えばとても重宝します。特に設定を必要としません。誰でも簡単に「みたまま印刷」が可能です。
もちろん、皆様にOPERAインストールを強要することはできませんから、印刷の可能性があるページ(地図や料金が掲載されているページ)にはPDFファイルを用意したり、CSSによるmedia="print"を設定してWebページを作成しているのが現状です。
尚、待望?の「InternetExplorer7」では同様の印刷機能が備わっているようです。ページ閲覧者はもちろん、Webページ制作者にとっても早い公開が期待されるところです。
4月5日に「BootCamp」と称するBootLoaderが Apple より公開(ベータ版)されました。これはいわゆる IntelMac (現行では Intel-CPU で駆動する MacBookPro Macmini iMac の3機種)において、 WinodwsXP を起動できるようにするためのアプリケーションのようなものです。つまり、りんごマークのノートブックでWindowsXPが動くわけです。
ヨドバシカメラ仙台店に行きましたら、Apple製品コーナーに早々とWindowsXPがセッティングされたMacBookProがありました。
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Word、Excel、PowerPointを起動してみましたが、特にMacだからどうと言うことなく普通に(軽快に)動作しました。なるほどこれならOKです。但し現段階ではキーボードの機能、配列の違いによってショートカットメニュー(右クリック)を表示できず、そのままではちょっと使いにくさがありました。今後何かしらの改善がされるのではないかと思います。
PS情報サイトでもあちらこちらで取り上げられているのですが、その様子を見ますと、どうやら歓迎ムードが強いようです。まあMac信者は何をやっても歓迎するという面があるような気もしますが(因みに私は単なるMacユーザーです。信者ではありません)。
6月頃に発売されるかもしれない?iBookなら15万円前後のノートブックですから、WindowsとMacが起動できるおしゃれなノートブックとして購入者が増えるかもしれませんね。それとMacminiあたりでしょうか。
残念ながら私の所有しているminiはG4モデルなのでWindowsは起動しません。
OPERA ver8.54(Win-build7730、Mac-Build2200) がリリースされています。
http://jp.opera.com/download/
脆弱性や不具合等の修正がなされているようですので、お使いの方はUPしておきましょう。
2006年4月1日はAppleの30周年記念日でした。
何か新製品(intel-iBook)がでるんじゃないだろうかと期待していたんですが、特に何もなかったみたいですね?。
4月になりまして、新入生や新社会人が希望(不安?)に胸を膨らませて、学校へ、社会へ歩み始めていることと思います。
そんな彼らに、Apple CEO である Steve Jobs 氏の講演録を送りたいと思います。これは、スタンフォード大学の卒業式でJobs氏が講演したもの(2005年6月)です。「Stay Hungry, Stay Foolish どん欲であり続けろ。愚かであり続けろ 」という言葉がなんとも心に響きます。
きれいな?翻訳はPLANet Blogというブログサイトにありますのでそちらをご覧頂くとして、2005年7月に2chにあった翻訳を自身でコピーして保存していたものがあります。誰が翻訳されたのか分からないのですが(2chの有志さんだと思います)、文章はやや荒いものの上記の翻訳よりイイ部分もあり私はこちらが好きなのでご紹介しておきます。 是非是非ご覧下さい。
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Steve Jobs to 2005 graduates: 'Stay hungry, stay foolish'
本日,みなさんが世界最高の大学から卒業する式に出席できることを光栄に思う。私自身はカレッジすら卒業していない。
実際,私にとってこれがカレッジの卒業式にもっとも接近した日だ。今日,私自身の人生から三つの話をしたい。それだけだ。なにもたいしたことはない。三つだけだ。
最初の話は点をつなぐことについてだ。
私はリード大学を最初の6ヶ月目で退学(ドロップアウト)した。でも,それからもう18ヶ月もぐりとしてうろちょろしていた。ではなぜ退学したのか。
私が生まれる前の話になる。私の生みの母がまだ若く未婚の大学卒だった。 彼女は私を養子にだすことを決心した。彼女は私は大学卒に受け入れられるべきだと非常に強く考えていたので,私が生まれるときには法律家夫婦に受け入れられるようすべてが手配ずみだった。でも直前になって彼らは女の子が欲しいって決めた。それでちょうど次の順番待ちだった私の両親のところに夜中に電話連絡がいった。「のぞんでいたのとちがって男の子だったんだけどそちらで欲しいですか?」「もちろん」 生みの母は,
私の母が大学を卒業しておらず,父も高校をでていないことを後になって知った。それで彼女は書類に署名するのを拒否したのだが,必ずいつか私を大学にやるという約束で数ヶ月の後に署名した。
そして17年後大学へ入った。しかし世間知らずにも私はスタンフォード並みに値段の高い大学を選んでしまい,労働階級の両親は蓄えのすべてを学費として支払わなくてはならなかった。6ヶ月の後,私は大学になんの価値も見いだせなかった。これからの人生でなにをしていきたいのかもわからなかったし,大学がそれを見いだすのに役立つようには思えなかった。そして私は両親のすべての蓄えを使っていた。それで退学してすべてはうまくいくって思うことにした。当時は不安に思えたけれど,今振り返ってみれば人生で最良の決断だった。退学したことで興味のないクラスに行かなくてよくなったし,おもしろそうなクラスにもぐりこめるようになった。
ちっともロマンティックなんかじゃなかった。寮に部屋も持っていなかったから友達の部屋の床に寝た。コーラ瓶を集めて5セントのデポジットをもらい,食べ物を買った。日曜日の夜になると週に一度のいい
食事にありつくために7マイル先のハーレ・クリシュナ教の寺院に歩いていった。そして当時,興味や本能のおもむくままに偶然発見したいろんなことが後になってとても重要な意味をなすようになった。
一つ例をあげよう。
当時,リード・カレッジはたぶんこの国で最高のカリグラフィ教育をやっていた。ポスターから引き出しのラベルまで,学校中すべてカリグラフィで美しく書かれていた。すでにドロップアウトしていた私は普通のクラスをとらなくてよかったので,カリグラフィのクラスをとろうと決めた。そしてそこで,セリフ書体とサンセリフ書体,隣り合った文字の組み合わせによってどのように字間が変化するのか,タイポグラフィを
すばらしくする要素はなんなのか,について学んだ。 カリグラフィは美しく,歴史的で,科学が説明できない意味において芸術的に繊細なものだった。そして私はそれをおもしろいと思った。
実際の人生においてこれらの知識は役立ちそうに思えたことすらなかった。だけどそれから十年後,私たちが最初のマッキントッシュを設計しているとき,この経験が役立ったのだ。私たちはそのすべてをマックに埋め込んだ。マックは美しいタイポグラフィを実現した最初のコンピューターだった。もし私があの時あのコースに入っていなかったら最初のマックはいくつもの書体を装備していなかっただろうし,
プロポーショナルに字間調整されたフォントもなかっただろう。そしてウィンドウズが当時のマックのコピーである以上,おそらくはどのPCもこれらの機能を備えていなかっただろう。もし私がドロップアウト
していなかったら,私はカリグラフィのクラスにははいらなかっただろうし,そしてパーソナルコンピューターが今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えることはなかったかもしれない。もちろん私がカレッジにいたときにこれらの「点のつながり」を見通すことはできなかった。しかし十年後には非常にはっきりと振り返ることができた。
もう一度言う。このようなひとつひとつの「点のつながり」を予見することはできない。あとから振り返って気づくことしかできないのだ。つまり,あなたたちはひとつひとつの「点」があなたの将来になんらかの
かたちでつながっていくのだということを信じなくてはならないということだ。なにか,ガッツ,運命,人生,カルマ,なんでもいい,なにかを信じるべきだ。この生き方が私を裏切ったことは一度もないし,人生の多くを変えてきた。
二つ目の話は愛と失敗についてだ。
私は幸運にも早くにやりたいと思うものを見つけた。二十歳のときにウォズと私は私の両親のガレージでアップルを始めた。がんばって働いた。そしてガレージにたった二人だったのが,十年後には4000人以上の従業員をかかえた20億ドル企業になっていた。私がちょうど30になる1年前に我々の最高の製品マッキントッシュを発売した。そして私は解雇された。どうやったら自分が始めた会社から解雇されることができるんだ?アップルが大きくなったので我々はある人物を,当時の私には一緒に会社をやっていくのに非常にすばらしい人物だと思えた人物を,雇った。最初の一年はすべてうまくいった。でも,我々の将来へのビジョンは食い違っていき,ついにはうまくいかなくなった。そして,役員達は彼の側についた。それで私は30で解雇された。だれもがこのことを知っていた。私の社会人としてやってきたすべてが失われた。まったくひどいできごとだった。
数ヶ月はなにをしていいかわからなかった。上の世代の起業家たちを失望させただろうと思った。彼らから渡されたバトンを落としてしまったのだ。デヴィッド・パッカード(訳注:HPの創業者)とボブ・ノイス
(訳注:インテルの創業者)に会ってこのひどい失敗を謝ろうとした。私の失敗はだれもが知っていた。シリコンバレーから逃げ出そうとすら思った。しかし少しずつなにかがわかり始めてきた。私はそれでもそれまでやってきたことを愛していた。この事件はこの気持ちを少しも変えはしなかった。私は拒否された。しかしまだやりたい。だから私はもう一度始めることにしたのだ。
当時はわからなかったがアップルから解雇されたのは私にとって最良のできごとだったのだ。成功による重圧は,あまり確信の持てない初心者の気軽さへと変わった。このできごとが私を人生でもっとも創造的な期間のひとつへと向かわせてくれた。
その後5年間の間に私はネクスト,それからピクサーという二つの会社を創業し,後に妻となるすばらしい女性と恋に落ちた。ピクサーは世界最初のコンピューターアニメ映画「トイストーリー」を制作するに至り,今では世界で最も成功したアニメーションスタジオだ。そしてある印象的なできごとがあって,アップルはネクストを買収し,私はアップルに戻った。我々がネクストで開発した技術はアップルの今日の復活の核心となっている。そしてローレンスと私はすばらしい家族をつくりだした。
もしアップルを解雇されていなければこれらはすべて起こっていなかったと断言できる。本当に苦い薬だったが患者にはそれが必要だったのだ。時として人生は頭をレンガで打ちつけてきたりする。信念を失うな。私が進み続けられたのは私が自分のやっていることを愛していたからだと確信している。あなたたちは愛するものを見つけなくてはならない。それは愛する人を見つけるのと同じように重要だ。仕事は人生の大きな部分を占める。そして真に満足を得る唯一の方法はすばらしい仕事だと信じることをすることだ。そしてすばらしい仕事をする唯一の方法はあなたがしていることを愛することだ。もしまだ見つからないのなら,探し続けなさい。あきらめるな。他の重要なことと同じで,見つけたらきっとわかるはずだ。そして,それはすばらしい人間関係のように,時間が経つにつれただよりよくなっていく。だから,見つかるまで探し続けなさい。あきらめるな。
三つ目の話は死についてだ。
17歳のときにこんな文を読んだ。「毎日を人生最後の日であるように生きればいつか正しい結果が出る」 印象的だった。それから33年間私は毎朝鏡に向かって「今日が人生最後の日だったら,今からやろうとしていることをやりたいとおもうだろうか?」 そして「ちがう」と何日にもわたって思う時は何かを変えなくてはいけないときだ。
私が知る限り「すぐに死ぬ」と考えるのは人生における重要な決断をするにあたって最も有用な方法だ。なぜなら,無用の期待,プライド,恥や失敗の恐怖,そんなものはみな死を前にすれば本当に重要なことだけを残して消え去ってしまう。あなたはすでに裸なのだ。あなたの心に従わない理由などない。
一年ほど前にガンを患った。朝7時半に検査をうけたらはっきりと膵臓に腫瘍があった。私は膵臓がなにかすら知らなかった。医師はこの腫瘍はほぼ間違いなく治療不可能で,3~6ヶ月以上生き延びることは期待できないといい。家に帰ってやりたいことを順にやりなさいと,慣例通りにアドバイスした。つまりこれは子供達にこれから10年間で伝えようと思っていたことすべてをたったの数ヶ月で伝えるという意味だ。つまりすべてを間違いなくやり遂げ,家族にとってできるだけ問題が少ないようにしなさいという意味だ。そしてさよならをいうという意味だ。
そしてさらに検査を受けた。生検で彼らは内視鏡を胃を通し腸に入れ,膵臓に針をさして腫瘍の細胞を採取した。私は麻酔をかけられていたが,手術で治る種の非常にまれな膵臓がんだと判明して,それまで顕微鏡で細胞を調べた医師が大声でわめきだしたのを,一緒にいた妻が伝えてくれた。その後私は手術をうけ,今は問題ない。
あれが私が最も死に近づいた瞬間だった。今後数十年はそうであってほしい。この経験の後,ただ,死が有用だが想像上だけの事柄だった頃よりももう少しはっきりとあなたにこれを言うことができる。
誰も死にたくはない。天国に行きたい人々ですら死にたくはない。そして死は我々全員にとっての終着地だ。そこから逃れた人間はいない。そしてそうあるべきだ。なぜなら死は生にとっての最もすぐれた発明におもわれるからだ。死は生を変化させる執行者だ。古いものを立ち去らせ新しいものへの道をつくる。今ここで,新しいものとはあなた方のことだ。しかしいつかそう遠くない将来にあなたもゆっくりと「古く」なり立ち去ることになる。劇的になって申し訳ない。しかしこれは真実だ。
あなた方の時間は限られている。他人の人生を生きて時間を無駄にするな。
他人の結論で生きるという独善に捕われるな。他人の意見に自身の内なる声をかき消されないようにしろ。そして最も大事なこと,自身の心と直感に従う勇気を持て。それらはなんらかの形ですでにあなたが本当になにになりたいのかを知っているのだ。他のことは後回しだ。
私が若い頃に“The Whole Earth Catalog”というすばらしい出版物があった。我々の世代にとってのバイブルのひとつだった。ここからそう遠くないメンロ公園で,スチュワート・ブランドという男によってその詩的な本はつくられた。60年代後半のことだ。パーソナルコンピューターもデスクトップパブリッシングもまだない。すべてタイプライターとハサミとポラロイドカメラでつくられた。ペーパーバックでできた35年早いグーグルみたいなものだった。理想主義的で,巧妙な道具とすばらしい概念でいっぱいだった。
スチュワートと彼のチームは数号を発行し,ついに最終号を発行した。70年代中頃のことだ。私はちょうどあなた方の年頃だった。最終号の背表紙には,冒険的な人物であればヒッチハイクをするかもしれないなと思わせるような,ある早い朝の田舎道の写真があった。そしてそのすぐ下にこうあった。「Stay Hungry, Stay Foolish どん欲であり続けろ。愚かであり続けろ」 それは彼らが出版を終えるにあたっての別れのメッセージだった。
Stay Hungry, Stay Foolish どん欲であり続けろ。愚かであり続けろ。私自身いつもそう願い続けてきた。そして今,新たに卒業するあなた方にもそうあってほしいと願う。
Stay Hungry, Stay Foolish どん欲であり続けろ。愚かであり続けろ。
ありがとう。
ジョブズの卒業祝賀スピーチ
(2005年6月12日、スタンフォード大学)
原文URL:http://slashdot.org/comments.pl?sid=152625&cid=12810404